sellerapple’s diary

本のアプリstandに投稿した記事の過去ログです。

「台湾生まれ、日本語育ち」 温又柔著 白水社

「台湾生まれ、日本語育ち 」温又柔著 白水社

 

母語」と「国語」の複雑な関係性、著者は始めは嫌悪していた台湾語、中国語、日本語が混ざり合う母親の「ママ語」からそのすべての言語が「母語」であると「発見」する、為政者の都合により変化する言語、その中で生きるとはそういう事なのだろう。

「そもそも中国語と台湾語と日本語とひとつづつ数える必要はないのかもしれない。三つの母語がある、というよりもひとつの母語の中に三つの言語が響きあっている、としたほうが自分の言語的現実をぴたりと言い表せるのではないか。考えてみればわたしは、中国語や台湾語を外国語として、というよりは、自分のニホンゴの一部のように感じている。わたしはもう、母たちの声を「和訳」しない。むしろ、記憶に向かって耳を凝らし、日本語として発せられたのではない音をたぐりよせる。」P.244

白水社Uブックスによる増補版。

2018.11.17

「アンダーグラウンド」村上春樹著 講談社

アンダーグラウンド村上春樹著 講談社

 

地下鉄サリン事件から25年、先日のニュースで事件により脳に重い損傷を受けその後遺症と闘ってきた女性が亡くなったこと知る。この女性とその兄の事は「アンダーグラウンド村上春樹講談社、読んでいたので無力感というか人生の不条理について改めて考える機会となった。本書は事件の被害者達のインタビュー集である。不条理な暴力によって損なわれた事件前の日常生活を丹念に聞き出すことによりその尊厳を回復する一助になっているのではないだろうか。被害者達の人となりを限りなく優しく描写しているのも印象深い。

 

只、本文中のインタビューにあるように

「戦争が終わって何十年かのあいだに経済が急成長して危機感を欠いたまま物質ばかりが大きな意味を持つようになって、人を傷つけてはいけないだとかそういう気持ちがだんだん薄らいできた。そういうことは前からいろんなところでいわれてきたわけだけれど、それが実感として迫ってくるようになったんですね。」p.150

四半世紀が過ぎたネット社会の今日その危惧はより一層加速し他人に痛みを想像できないまま親指ひとつで人を傷つけていく。

 

最後に先日亡くなられた女性の兄が報道機関に寄せたコメントを紹介して

女性と事件で亡くなられた方のご冥福をお祈りしたい、

「今年3月10日、病院に案内していただいた時には、亡くなっていますと言われました。

私は耳元でこんなことを言いました。

『幸ちゃん、25年間よく頑張ったね。お兄ちゃん、自分が頑張って下さいとまわりの人から言われてつらかった思い出があるから幸ちゃんには言わなかった。でも幸ちゃんはリハビリ、さまざまな困難に打ち勝って笑顔もみせてくれたよね。だから幸ちゃんにはリラックスしてオウムなんか忘れよう、楽しくいこうよ、って話したよね。でもお兄ちゃん、今は言うよ。25年間本当に、本当に頑張ったよね。お疲れ様。幸子、これからはなにも頑張らなくていいんだよ。ゆっくり休もう』幸子、私たち家族に携わってくださった皆様ありがとうございます。本当に感謝いたします。」2020年3月20日朝日新聞朝刊

 2020.03.21

「アラスカ原野行」ジョン・マクフィー著  平河出版社

「アラスカ原野行」ジョン・マクフィー著  平河出版社

 

全米一の面積と最小の人口密度を誇るアラスカ州つまり人がほとんどおらず広大な自然が残っている土地でもある。本書は70年代のアラスカを捉えた長編のルポであり、3章から成り立っている。そのなかでも興味深いのは最終章「ザ・カントリー入り」だ。

ユーコン川上流地域に住んでいる人々はカナダ国境にもほど近いその場所を「ザ・カントリー」と呼び、新入りは「カム。イントゥ・ザ・カントリー(ザ・カントリー入り)」したと言われる。アラスカの何かに惹かれて移住した人を256ページ2段組みに渡り追う。ペンシルベニア州から移住したゲルヴィン一家は創意工夫を凝らした丸太で作られた自宅に住んでいる。その母屋にある蔵書の一部は以下の通りである。「『スコッティ―・アラン、犬ぞり御者のキング』、『鉱山技師ハンドブック』、『エアプレーン砂鉱ドリルによる金採掘』、『家庭医学全集』、『ユーコンの女性たち』、『極寒の地の五十年』、『北極の古代人』、『荒野の呼び声』、『荒野の罠猟師』、『トレイル・イーター』、『グリズリーの国』、『悪名高きグリズリー・ベアーズ』、『アラスカ人の帰還』」p.290~p.291

どれもワクワクする読んで見たいタイトルが並ぶ。

 

またアラスカの森より闇深い人間心理も垣間見える。

「いつだったか私がサークルのユーコン交易所にいたとき、四十年配の男が川岸を超えてやって来て、ウスターソース六本とイーストを十二袋、マッチを一ケース、缶詰肉、イワシ、ホットドッグ、茶一・三十五キロ、砂糖六十七・五キロ、葉巻二本を買った。彼は現金を三百四十五ドル数えてカウンターに置き、天気の話すらしないで川へ戻っていった。パイロット兼罠猟師兼交易所の経営者であるフランク・ウォーレンは、ある日たまたまその男の小屋のそばを通りかかって、ちょっと寄ってみようと思ったのだそうだ。それは二・四メートルと三メートル四方の小さな小屋で窓がない。ウォーレンが小屋に近づくと中から声が聞こえて来た。その男は一人で冗談を言っていたのだ。さわりの箇所へくると彼は一人で大笑いした。ウォーレンはそっとその場所を立ち去ったという。」p.255

2020.02.24